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平安時代

せいパパですhappy01

平安時代も小難しい事ばかりなので

簡単明瞭に説明して行きますね。

文中の青い文字は関連HPへリンクしています。

平安時代

長岡京から平安京に首都が移った

794年から源頼朝が鎌倉に幕府をひらいた

1192年までの約400年間の時代区分です。

平安時代のながれ

混乱した奈良時代の律令政治を

見直して再出発した時代です。

結局は律令政治は失敗して

地方に権限を与えて中央集権から

地方分権の時代に入りました。

その為、地方には新興勢力が

誕生しその中でも

軍事警察権を委譲された軍事貴族や

武芸専門下級官人層から

時代を揺るがす事になる

武士が誕生しました。

地方分権で中央の政治は安定して

藤原氏による

摂関政治(天皇の代わりに政治を行う)

移行しましたが

藤原氏の力が弱まり

院政(天皇が息子に天皇を譲りその後も

政治に口出しする政治)がはじまりました。

院政政治から中世の始まりです。

中世に入ってからは

貴族同士の争い事は武力で解決され始めたので

武士の力が急上昇し

中でも平清盛

武士から初の太政大臣になり

やがては最初の武家政権である

平氏政権を誕生させた。

これにより天皇中心の国家体制も

崩れていきました。

平氏政権も次第に平氏追討の

源氏軍に追われ「源平合戦」に発展

壇の浦の戦いで源義経に滅ぼされ

平氏政権は滅亡した。

源頼朝

平氏を滅亡させた源義経を追放し

奥州合戦で奥州藤原氏を滅ぼした

源頼朝は、その後、征夷大将軍に任命され

鎌倉幕府と呼ばれる幕府(武家政権)

朝廷とは別につくり

鎌倉時代へと時代は変わって行きました。

平安時代で紹介するのは

●律令政治の崩壊

●摂関政治

●院政

●武家政権

以上の事を中心にしますね!

奈良時代よりも簡単な説明しますね。

興味が出た方は自分で詳しく勉強してくださいね~。

●律令政治の崩壊

平安時代初期は天皇統治の

律令政治が続いていました。

平安京を造った事で

財政が悪化して税金を集めたくて

桓武天皇は「なんちゃら法」と言う

土地開発の法案を出すのですが

これが大失敗して

次第に律令政治は崩壊していきます。

律令政治は「唐」のやり方を

飛鳥時代にパクって作ったのですが

肝心な「唐」も土地開発で崩壊しました・・・。

●摂関政治

摂関政治とは

天皇が子供だったり女性の場合

代理で政治を行う事です。

全て藤原氏が摂関になっていました

と言うかこの時代は政治も

官僚も全て藤原家だったので

だ~れも文句を言う人はいませんでした。

摂関政治で中央集権政治から

地方分権になり地方は乱れて

いっちゃたんです・・・。

平安時代初期

藤原不比等の子供(藤原北家)が

権力を独占したいが為に

承和の変・応天門の変で

他の勢力を次々と失脚させた

天皇家に娘を嫁がせて

権力を握っていったんですよ。

●院政

天皇の後継者が途絶えた途絶えに

なった所に

母方の藤原北家が次第に権力を

握って行ったのが摂関政治の始まりですが

藤原氏に実権を握られて

律令政治が乱れ

地方分権で地方の国司や貴族・豪族などは

私利私欲に走り

武士を護衛に付けるようになりました。

乱れていく政治に

皇族も黙ってはいませんでした。

1068年事態は一変しました!

藤原北家とは関係の無い

後三条天皇(第71代天皇)が皇位に付いたのです。

なんと藤原家と関係の無い

天皇は170年振りです!

第82代天皇後鳥羽天皇

子供達が天皇に即位しても

上皇となって

政治に口を挟む政治を行って

藤原氏を追い出して政権を

取り戻し院政を開始しました。

院政を平たく言うと

親父が社長でバカ息子に

二代目を継がせたが

見てられないので引退したはずの

親父が会社の運営に口を挟んでしまう事ですね。

藤原氏は飛鳥時代からの権力の座を

欲しいままにしていましたが

武家政権が成立すると

急速に衰退して行きました。

平安時代最後の院政を行った

後白河天皇(後白河上皇)がいます。

崇徳天皇の怨念

後白河天皇が天皇に即位したのは

1155年です。

後白河天皇に種違いの兄(崇徳天皇

いましたが天皇即位を巡って対立が起き

1158年保元の乱で兄(崇徳天皇)を

破り讃岐に島流しにしました。

崇徳天皇は讃岐で、お経を写して

京都の寺に収めたいと願い出たが

京都からの返事は「ノー」でした

それに腹を立てた崇徳天皇は

天皇家を恨み指を噛み切り

返された、お経に

「日本国の大魔縁となり、

皇を取って民とし民を皇となさん」

訳すと

「大魔王になって、天皇を平民に落とし

平民を天皇並の地位に上げてやる」

と言う意味です。

その後、天皇家には

たたりではないかと言う程

災難続きで最後には

崇徳天皇の言葉が現実になってしまいました。

天皇家が平民から成り上がった

武家政権に倒される事になったのです。

その後明治時代になるまで

約750年間

天皇は名ばかりで

ろくな食事もとれない程でした。

明治天皇が歴史の表舞台に

出る際に崇徳天皇の怨念が

悪さをしないように

京都に崇徳天皇をご神体にする

白峰神宮を建立しました。

それだけ天皇家には崇徳天皇の怨念は

脅威なんです。

●武家政権

今までの話の流れで

武士が登場して力を付けて行った事が

理解できたと思いますが

武士も人間です

権力の近くにいつも居たら

自分も権力を手にしたと思ってしまいました。

平清盛もそんな事を考えた武士です。

天皇家に近づき政権を握るチャンスを

今か今かと待っていましたが

何をやって良いか分らず

保元の乱などで天皇方に

有利な功績をあげていき

摂関政治と同じやり方を

とっていましたが相次ぐ武士の弾頭で

源氏に追われ最後は平氏政権も

滅亡してしまいましたが

源氏を中心にした武家政権が

天皇を超える強大な力を発揮する事に

なりました。

平氏、源氏共に

関東に拠点を置いた武士だった為に

歴史は近畿から関東に

政権の場が移って来たのも

この時代です。

茨城県の平安時代

茨城の平安時代は

何といっても平将門ですね。

平氏とは

桓武天皇、仁明天皇、文徳天皇、光孝天皇の

4流がありますが

歴史に残る平氏とは桓武天皇系の一族を指します。

平将門も桓武天皇系の平氏一族で

猿島中心の武将でしたが

律令政治が崩壊して行く中

力を付けて行った地方武士です。

平将門の乱(史上初めての武士による反乱)

起こしてましたが藤原秀郷、平貞盛によって鎮圧されたが

朝廷に与えた影響は大きかったです。

平将門の反乱で地方武士の

力が大きくなり源氏が関東で力を付け

律令政治崩壊~武家政権しいては

鎌倉幕府が起こる原因でもありました。

茨城の2大勢力

県南部は半官を命じられた常陸平氏です。

大掾職(半官)を世襲した地方氏族で

職名から大掾氏を名乗り

県南部を支配しました。

県北は源義光直系の佐竹氏

勢力を強めて平安末期には

大掾氏は水戸周辺まで

勢力を伸ばし

北の佐竹、南の大掾と

小さな地方権力がポチポチ

存在しましたが

この2大勢力が支配して行きました。

平氏側に付いていた佐竹氏は

源頼朝が挙兵し富士川の戦いで

平氏軍を破った後

佐竹氏を攻め佐竹は敗北し

広大な領土を没収されてしまいました。

小田氏

平安時代末期に

常陸国の守護に八田知家が命じられ

八田家は筑波山麓の小田に居城を

構えて小田氏を名乗り

県南部を支配する事になりました。

奈良時代の全体的なイメージ

平安時代は400年間の間

政権奪取のレースが開催されたと言って

いいでしょう!

そんな激動の時代を最後に制したのは

今までの歴史に存在しなかった

武士と言う存在でした。

その後武士は700年間もの

長い間、政治のトップに君臨する事に

なりました。

こうして平安時代を見ていると

生命の進化に似ている所があります

普遍的な絶対権力の

皇族や貴族の時代から

平民から成り上がった武士に

政治は移りその後中世を制したのは

農民出身の豊臣秀吉です。

力が弱くても生態系の頂点に

なった哺乳類

歴史の世界も生物の世界も

同じ歴史を歩んでいきます。

成功するには時代を良く見て

チャンスが来るのを待つ

しかもチャンスが来るのも

ただ待つのでは無く

自らの力で道を選択する力こそが

成功する近道だと平安の政権争いレースが

私達に教えてくれています。

でも頂点には必ず終わりが来ると

平安時代は教えてくれています。

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いつも応援ありがとうございます。

今日の1曲はこれ!

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茨城県の歴史」カテゴリの記事

コメント

成熟するまでの
数々の
国を安定させ、おさめると言う
大義名分のもとで
権力闘争の幕開けが始まる訳ですね。
ぽちっと!^^k

投稿: Kensuke^^k | 2008年8月30日 (土) 13時42分

 家の反映のために 嫁ぐ時代ですね
 今日の記事よんで なぜか吉兆の会見を
 思い出しましたよ 笑

投稿: まさ | 2008年8月30日 (土) 15時04分

権力闘争だったということですね。
天皇同士、上皇対貴族、貴族対武士、などなど。
その中で、実質的に権力を握ったかにみえた平家も源氏に滅ぼされる。
おごる平家は久しからず。
ほんま栄枯盛衰ですなあ。
ところで佐竹って、江戸時代まで続いてる佐竹ですかねえ。
私は、信長の野望が好きでよくやってたのです、鬼義重とか、おぼえてるんですよ。

投稿: 山口ジジイ | 2008年8月30日 (土) 15時12分

うーん、歴史は難しいですなあ・・・。
しかし、せいぱぱさんの話は教師よりもわかりやすいかもしれません。
確かに過去から学ぶことは多いですね。

鳴くようぐいす平安京

素晴らしい言葉ですね。これだけは忘れませんよ!

投稿: たくたくろ | 2008年8月30日 (土) 19時35分

happy01 Kensuke^^k さんへ
新しい国を作る為に
手探りでうごめいていますね
大義名分がなければ
仲間や庶民が付いてこないのですが
この先どの時代も
大義名分が支配してしまいます・・・。

投稿: せいパパ | 2008年8月30日 (土) 20時30分

happy01まさ さんへ
吉兆?
何か関連があったのかな?
ま~吉兆て言う名称は
出て来てもおかしくない響きですね。

投稿: せいパパ | 2008年8月30日 (土) 20時31分

happy01山口ジジイさんへ
お~鬼義重ですか!
私も大好きな
佐竹氏第18代当主 佐竹義重ですね。
佐竹氏が大繁栄した時の
戦国武将ですね!

平安時代は権力闘争に
敵味方無く争っていましたね・・・。
結局みな人間ですね
欲望がみなぎっていました!

投稿: せいパパ | 2008年8月30日 (土) 20時36分

happy01たくたくろ さんへ
鳴くよ うぐいす平安京でしたね!
じっさいはドロドロしてましたが
武士が登場してきて
政局は大混乱でした・・・。

歴史は難しいですが
会社などの人間関係に
置き換えると
分かり易いと思いますよ。

投稿: せいパパ | 2008年8月30日 (土) 20時39分

パソコンの調子が悪くて、とりあえず
ポチポチだけでも…。

投稿: penpen | 2008年8月30日 (土) 21時53分

人間、おごるといけませんね。

そんな事を思わせる平安時代ですね。

400年の歴史は長いです。

投稿: 水戸大家 | 2008年8月30日 (土) 22時43分

>力が弱くても生態系の頂点に

なった哺乳類

歴史の世界も生物の世界も

同じ歴史を歩んでいきます。

なるほどねェ。。
そして最後には栄枯盛衰。

今の時代にも相通じるものを感じました。

またお邪魔しますね!
応援凸

投稿: ぴーち | 2008年8月30日 (土) 23時32分

happy01 penpenさんへ
パソコンの調子が良くないなんて
可哀想です・・・。
そんな時でも応援ありがとうございます。

投稿: せいパパ | 2008年8月31日 (日) 00時00分

happy01水戸大家さんへ
400年間も
こんな感じでした・・・。
学校では教えてくれないですね!

投稿: せいパパ | 2008年8月31日 (日) 00時02分

happy01ピーチさんへ
そうなんです!
栄えては滅んで
また栄えてを
繰り返して時代が
進んで行ってます。
頂点を極めても維持するのが
大変なんですね
私達も頂点を極めたけど
自然環境を崩したために
想像もしなかった敵と
戦わなければならない
時代に入りましたね。

投稿: せいパパ | 2008年8月31日 (日) 00時06分

むふふふふっ
少しずつ、知っている名前が出てきました。
天皇は名ばかりというのは、判ります。
歴史を習ったときにも、天皇の名前を覚える必要がなかったですもん。
応援2☆

投稿: ブルー・ブルー | 2008年8月31日 (日) 00時21分

頂点には必ず終わりが来る・・・。そうなんですよね、人生谷アリ山アリですもんね。
いよいよ戦国時代に近づきましたね!楽しみにしています♪

投稿: oberisuku | 2008年8月31日 (日) 00時34分

頭がパンクします(^▽^;)
歴史の中でも、インパクトある時代かも。
少女漫画で、この時代の事描いたもの
読んだ事ありますから(漫画なんだけどさ)
なんか、テストに出そうな所いっぱいですねw
要点だけ!ってのが良いわ。

投稿: まほろば | 2008年8月31日 (日) 00時39分

happy01ブルー・ブルーさんへ
有名な名前がチョロチョロと
登場して来たでしょう。
益々面白くなってくるけど
複雑怪奇になって来るので
鎌倉時代からはもっと簡単に説明して行きますね~。

投稿: せいパパ | 2008年8月31日 (日) 01時30分

happy01oberisuku さんへ
こんな事を繰り返しながら
江戸時代に入って行くのですよね。
本当に山あり谷ありです!
戦国時代もう少しですね~。
せいパパ的戦国時代を
楽しみにして下さいね!

投稿: せいパパ | 2008年8月31日 (日) 01時33分

happy01まほろば さんへ
良い所に気が付きましたね!
そうなんです要点だけしか
記事にして無いのです。
細かな事をダラダラ書いても
読みたくないですからね~
これから複雑になるので
もっと簡単に説明出来てると
思うので楽しんで下さいね!

投稿: せいパパ | 2008年8月31日 (日) 01時35分

栄枯盛衰はいつの世にも通じますねぇ~。
良くぞ簡潔にまとめましたね。
分かり易いです。

平将門茨城出身の武将ですね。怨念が深いといわれて現在でも首塚が祭られたりしていますね。
様々な要素は違っても、歴史は繰り返しながら発展を続けますね。

「一の谷の戦破れ 打たれし平家の 公達哀れ」 この詩が頭をよぎりました。

投稿: 920_375 | 2008年8月31日 (日) 07時02分

happy01920_375さんへ
平安時代が一番苦労しましたが
壁を乗り越えたら
次の時代からは楽に
書く事ができました!

いつの時代も、やってる事は
一緒ですね・・・。

投稿: せいパパ | 2008年8月31日 (日) 20時00分

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