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野口雨情生家

せいパパですhappy01

野口雨情の生家は北茨城市に

今でも残っています。

野口雨情生家

建物は明治10年ごろに

野口雨情の父が建てました。

水戸徳川家とも深い関わり合いを持ち

水戸光圀より「観海亭」と名づけられ

古文書も保存されています。

茨城県史跡文化財として指定されています。

野口雨情は明治15年に

この家に生まれ

15才頃に上京するまで過ごしました。

平成11年に生家の隣に資料館が

併設され野口雨情ゆかりの品々が

展示されています。

そんなに広くない資料館ですが

係りの方が親切に案内してくれて

分かりやすかったです!

門には樹齢400年だったと思いますが

さるすべりが大きく成長していて

今でも花を咲かせているそうです。

その傍らで、せい君はダンゴ虫を見つけて

戯れていますが死んでいたようです・・・。

庭も開放してあり

自由に見学が出来ます。

野口雨情の独特の詩の世界は

幼少時代を過ごした

ここ北茨城で育まれて発展して行ったのでしょうね。

野口雨情

北原白秋・西条八十とともに

童謡の近代化に貢献しました。

代表作も数多く

「十五夜お月さん」「七つの子」「しゃぼん玉」など

どれも有名な童謡ばかりです。

明治30年 15歳の時に上京し

       19歳の時に東京専門学校(現・早稲田大学)入学

       翌年に中退し詩作を始める。

明治40年 25歳の頃に

       北海道に渡り新聞社に勤める。

明治42年 再び上京。

明治44年 北茨城に帰り

       植林や山林管理に携わっていました。

日本各地を旅行して

昭和20年に永眠しました。

童謡の近代化

大正デモクラシー以降

情操教育の為に

子供側にたった楽しい音楽を求める

「童謡運動」が行われ

明治時代に近代化の波と共に

近代童謡が確立されていきました。

野口雨情の世界観

代表作「シャボン玉」

童謡 シャボン玉は

誰でも知ってる歌ですが

歌詞の題材になったのは

野口雨情の実の子供が生後すぐに

死んでしまった事を悲しんで作った詩です。

シャボン玉飛んだ 屋根まで飛んだ

屋根まで飛んで 壊れて消えた

歌詞の中では、この様に表現されています。

雨情の詩は他の作者とは

全く違った作風です。

それは野口雨情が送った人生が

物語っています。

野口雨情の実家は地元でも

有数な廻船問屋で裕福な家庭に育ち

15歳で東京に送り出され

詩作を始めましたが

詩集の処女作は売れず

帰郷して結婚したが

家庭を捨て北海道に行きました。

常磐線の開通と共に実家の家業も

倒産し衰退、離婚、両親の死

歳の離れた女性と再婚したが

世間の冷たい非難を浴び

自分の無力さに落胆する雨情を

再婚した妻が慰め各地を旅行して回り

その人生から悲しい詩が数多く誕生しました。

悲しく辛い人生を歩んだので

誰も真似できない雨情独特の世界観を

持った童謡を数多く発表していけたのでしょう。

人間苦労無くして深い詩を書く事は出来ないでしょう。

今の世の中

子供に苦労をさせたくないと言う

大人が多いのは不思議でならないです・・・

苦労してこそ

人の痛みが分かる人間になると思います。

苦労しないで人生楽に生きれるほど

甘い世界では無いはずです。

今は無邪気に遊んでる、せい君も

これから暗く辛い人生が待っているでしょう

沢山人を傷つけ、人に傷つけられて

大きく成長していって欲しいです

私はほんの少しだけ

せい君の歩む道の手助けが出来れば

嬉しいです!

野口雨情は裕福な家庭に生まれ

自由奔放に育てられ

周りから非難される人生を送りましたが

詩と言う才能が彼を救ってくれました。

野口雨情生家

北茨城市磯原町磯原73

TEL 0293-42-1891

営業時間 9:00~16:00

定休日 無休

入館料 100円

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いつも応援ありがとうございます。

今日の1曲はこれ!

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コメント

 せいパパさん
 
おはようございます!
風情があるところですね こちらまで
感じがよく伝わってきます
可愛いこには 旅をさせろ といいます
私も同感です 私自身18からずっと
親元を離れてますが
寄り道しながらも 自立できたことに
感謝してます

投稿: まさ | 2008年7月31日 (木) 06時59分

せいパパさん おはようございます。
想像していました。野口雨情の生家に行くのではないかと・・・。
数年前、私も行きましたが忘れかけていて、画を見て思い出すことができて嬉しかったです。行った時は子供がまだ小さかったのでゆっくり見ることができませんでしたが、すっかり大きくなったので、また時間を見つけて行きたいなと思いました。今度は色々なことを感じてくれると信じて。

子供に苦労を・・・私も共感です
私自身は、物心ついた頃から両親の喧嘩ばかり見て育ちました。親の喧嘩ほど子供の嫌なことはないです。何度、子供心にも死んだ方が楽かなぁって思ったか・・・。結局小6になった頃離婚しましたが、親の喧嘩を見なくてよくなったのは気が楽でした。それと同時に母を助けなくてはと強い人間になったと思います。
親の喧嘩を見て育ったので、私は早く結婚して幸せな家庭を作りたい・・・そんな思いが強かったので、21で結婚し、年上の主人を選んだのは、父親がいなかった時があったので、年上の人を選んでしまったのではないかと思います。今では母も再婚しとてもいい父親がいます。
そんな経験もし、人も傷つけたりも傷つけられた経験も、色々な面で我慢をしたことも数えきれないほどあります。それはその時とても辛かったけど、今では良かったと思っています。色々と人から相談されることがありますが、私の返答はとても説得力があるようです。
最近雨が降ると親が送迎するのが多く見られます。子供がほしいと言ったらすぐに買ってあげる親がいます。携帯も持たせます。子供に我慢をさせません。可哀想と思います。私はまだまだ子育て途中ですが、厳しく育ててきました。他の子が持っているものを羨ましく感じる我が子を見て葛藤しながらも、与えず我慢させました。雨の日だって当たり前に歩かせます。
私が死んでしまいたいと子供心に思って毎日を過ごしていた頃の担任の先生が、私が早退をしなければならなかった時に一緒に昇降口まで来てくれた時、「今は辛いかもしれないけど、今にきっといいことがあるから頑張れよ」と言ってくれました。嬉しくて大泣きしながら帰ったのを今でも昨日のことのように思いだします。その言葉がなかったら、今こうしていられたかわかりません。
まとまらず、長くなってしまいましたが、せいパパさんと知り合えて(ここでだけですが)とても嬉しいです。せいくんもせいパパさんの子としてこの世に誕生してきて幸せだなと思いました。
これからもよろしくお願いします。

投稿: つぅ | 2008年7月31日 (木) 07時41分

そうですね。苦労は・・・したくはないですけど( 笑 )
でもそういった逆境があるのだということは
知っていなければならないし、遭遇しておかないと
突然大きな逆境に陥ったときなにもできませんしね。
やさしいだけがやさしさじゃあ、ないんですよね。
4歳児を育てていく上での課題です。

記事の場所ですが
「あ、行ったことある!」と喜んだのもつかの間
それは 野口英世の家 だったと気づきました。
ああ、勘違い・・・^^:

投稿: 二代目の嫁 | 2008年7月31日 (木) 08時30分

野口雨情の詩には悲しさや恐ろしさがこめられています。
子供の頃になにげなく歌っている唄にも、作った本人にはちょっと違った世界が存在しているのですね。

つらい経験は確かに自分を成長させてくれます。
若いときに苦労をしないと、大人になってから苦労をするというのは本当だと思います。
彼の歌にこめられた切ない部分を、どう取るかも聞く人次第なのでしょう。
大人になってそれがわかると、また違った味わいになるのかもしれません。

野口雨情資料館、取材いただきありがとうございました。いつか私も行ってみたいと思います。

投稿: たくたくろ | 2008年7月31日 (木) 10時52分

シャボン玉って
そんな逸話があったんですね。
衝撃でした。

投稿: ミナト | 2008年7月31日 (木) 17時36分

こんばんは、
私も1度訪れたことがあります。
立派な生家ですよね。
奥の蔵には雨情直筆のものが展示されており、子孫の方が紹介してくれました。
いよいよ北上ですね!

投稿: たかさん | 2008年7月31日 (木) 19時09分

野口雨情・・・
野口雨情・・・

どこかで聞いたことがある???
と思ったら

熊本の以前行ったことのある
天草 龍ヶ岳というところで
あまりにも絶景ということで
唱をうたっているでは
あ~りませんか
(このコメントに
リンクつけさせてもらってます
お時間あったらぜひご覧下さい)

茨城⇔熊本というと
いつもとても遠く感じますが
今日記事は
とても近くに感じました!ぽち

投稿: ゆっき~ | 2008年7月31日 (木) 20時26分

こんばんは!
シャボン玉の歌が
そんな悲しい思いの歌
だとは知らなかったです。
勉強になりました^^k
ぽちっと!

投稿: Kensuke | 2008年7月31日 (木) 21時46分

happy01まささんへ
可愛い子供には旅を
沢山させた方が良いですね!
人から聞くより自分で経験した方が
説得力がありますからね
よちよち歩きで人生を歩き始めても
苦労を重ねて、やがては立派な大人に
成長して行くものですね~。
18歳から独立しているのですね
自立が一番ですね!

投稿: せいパパ | 2008年7月31日 (木) 23時11分

happy01つぅさんへ
熱いメッセージと
忌まわしい過去を、おしげも無く
克明に教えて頂きありがとうございます。
私の両親は現在も別居中です・・・。
会えば言い争いに今でもなってしまいます。
子供の頃から私の記憶の中に
父親はいません・・・。
おじいちゃんに、連れられて
自然の中を走り回っていました!
私が、せい君と一緒に遊びに行くのは
せい君に私の存在を
しっかりと記憶の中に納めて欲しいからなんです。
私の様に父親の記憶の無い
大人になって欲しくは無いのです
お出かけは私の趣味なので
毎回、せい君には付き合って貰って
疲れていると思いますが
沢山遊びの幅を広げて欲しいからなんです。
こうやって親子で、出かけられるのも
小学校に入るまでなので
それまで親子で沢山思い出を作っていきたいですね
パパと遊びに行きたいと
小学校になっても言ってくれたら
嬉しいですね
まだまだ手探りですが
子供との接し方を模索して行きますね!

投稿: せいパパ | 2008年7月31日 (木) 23時21分

happy01二代目の嫁さんへ
野口つながりでしたね!

苦労をして初めて人の気持ちが
理解できる人間になると思います。
楽をして成功する人も要ると
思いますが
それは、まれでしょうね!
子育ても、まだまだ良く出来ませんが
これからも親として何が出来るか
考えていきたいです。

投稿: せいパパ | 2008年7月31日 (木) 23時26分

happy01たくたくろ さんへ
辛いと感じる時は
成長している証拠ですね
辛くて逃げていては
成長出来ません一生逃げまくる
ズルイ人間になると思います。
辛いからこそ乗り越えようと
行動できる人間に、せい君が成長できれば
私は何も望みません。
そこから必ず答えが見えてくるでしょう。
野口雨情の人物像を調べて
こんなに深く考えさせられるとは
思ってもいませんでした
逆に私が、ありがとうを
言わないといけませんよ。
たくたくろ さんの
望みがなければ北茨城に行くのは
最後の方だったと思います
早い段階で親として
成長できる日帰旅行を実現
させて頂きありがとうございました!

投稿: せいパパ | 2008年7月31日 (木) 23時32分

happy01ミナトさんへ
逆境に直面したからこそ
奥の深い詩が誕生しました
歌は、ほのぼのと
していますが強いメッセージが
込められています。
野口雨情の童謡は
子供向けとは思えない詩が
多いのが衝撃的でした!

投稿: せいパパ | 2008年7月31日 (木) 23時36分

happy01たかさんへ
北上してまいりました!
野口雨情の生家も素敵な場所でした
周りの景色も良くて
良い所ですね北茨城は。

投稿: せいパパ | 2008年7月31日 (木) 23時38分

happy01ゆっき~さんへ
野口雨情の詩碑があるのですね~
晩年は九州に沢山旅行に
行っていたそうです。
その時の詩碑ですね!
熊本と茨城は遠く離れていますが
誓う感じる内容で良かったです。

投稿: せいパパ | 2008年7月31日 (木) 23時41分

happy01Kensukeさんへ
そうなんですよ
シャボン玉は歌の感じでは
悲しい歌とは思いませんが
実はこんな逸話があったのです。

投稿: せいパパ | 2008年7月31日 (木) 23時42分

こんばんわ!
しゃぼん玉の歌がそういった経緯のある詩だとは知りませんでした。
知ってから読むと、胸が締め付けられますね。
私は大学で「赤とんぼ」の詩を読み解くという授業を受けたことがありますが、本当に知らずに歌っていた歌に隠された想いを知ると感慨深いです。
子供に苦労を・・・という考えは私も同感です。
その時は守っているつもりでも、成人した途端にいきなりぬるま湯から嵐の中に放り出されるような体験をするハメになり、むしろ取り返しのつかない傷を負ってしまうような気がするからです。
困難を自分で乗り越えようとする「心」というのは、何でもしてもらえる・・・と言う状況からは生まれないと思いますので。
厳しいようですが、そんな育て方こそ将来的には子供を守ることになるんだと信じています。

投稿: あい | 2008年7月31日 (木) 23時56分

こんばんは。
しやぼんだまの歌のことは、知っています。音楽の先生が授業で話してくれました。
せい君は、積極的な子供になって欲しいです。
でも、せいパパの育て方だと、そうなりますね。
自分で考えて行動するのは、もう身に付きつつあるみたいですもん。
応援2☆

投稿: ブルー・ブルー | 2008年8月 1日 (金) 00時31分

happy01あいさんへ
困難を知らないで
社会に出たら自分の無力さに
痛めつけられてしまいますね。
最近の若者が自分の居場所を作れずに
安易に殺人を起こしてしまうのも
社会に着いて行かれずに
愛情も無く育ってしまったからなのかなと
思ってしまいます・・・。
優しさは厳しさだと思います
我が家は妻が厳しいので
私は優しく接していますが
出かけた時は私は遊びさえ教えません
何をして遊ぶかは
せい君の自発的行動に任せています。
頭を使って物を考える事を
実践していますが
それが良いか悪いかは分かりませんが
考える力を伸ばしていきたいです。

投稿: せいパパ | 2008年8月 1日 (金) 00時46分

happy01ブルー・ブルーさんへ
せい君は保育園では
ヤンチャグループに入っていているので
嫌な事も沢山あるみたいです
悪戯をして先生に怒られてばかりの様ですが
そうした経験が育つ過程で必要だと思います。
自分がやった事は自分で解決する
解決できない事が起きたら
始めて私達親が
顔を突っ込めば良いと考えています。
お出かけの時も、せい君は自分で遊びを見つけていて
そうじゃ無いと思っても私は
一切口を出しません間違っていると
思うまで勝手にやらせています
間違ってると気が付かなくても
遊び方を教える事は無いです
自分で間違ってると気が付いて
成長できると思っています。
これからの成長が楽しみです!

投稿: せいパパ | 2008年8月 1日 (金) 00時52分

シャボン玉の歌の本当の意味を知ったのは大人になってからでした。子供を亡くす辛さをこんな風に表現するのかと衝撃的だったのをおぼえています。
せいパパさんと接していて感心したのが甘やかさないという事です。
自然の中で自分で遊び困った事を自分で解決させる事は、生きていく上で重要な事ですね。
困った事に自ら立ち向かう姿勢を身につけさせる事はせい君にとってとても大切な事です。
スキンシップと甘やかしは全然違います。
甘やかしは子供をだめにします。

これからも子育て頑張ってね。

投稿: 920_375 | 2008年8月 1日 (金) 06時53分

素敵な家ですね。堂々と解放されているんですね。一度、行ってみたいと思いました。
一転、シャボン玉の真意はそういうこととは知りませんでした。悲しいですね。苦労した人だったんですね。あのメロディも、深いんですね。

投稿: グリーンヒル | 2008年8月 1日 (金) 20時16分

happy01920_375さんへ
シャボン玉の詩の意味を
知ったのは本当に最近なんですよ。
悲しい出来事を童謡の名曲になっているとは衝撃的でした。
私は、せい君に辛くは接して無いですが
自分の事は自分でする
出来ない事は初めからしないと言う
教育をしています
自立して私達両親が居なくなっても
自分で決めて自分の道を歩く事が
出来る強い意志を養って欲しいです。

自立とは独立ではなく
責任は自分が負う
ズルイ人間にだけはなって欲しくは無い事を学んで大人になって欲しいです。

投稿: せいパパ | 2008年8月 1日 (金) 21時07分

happy01グリーンヒルさんへ
素朴で良い家でしたよ。
ここで雨情は何を考え
生活をしていたのか
考えていました。
決して良い人生を送った
雨情では無いですが
詩が全てを物語っている様に
感じてしまいます。

投稿: せいパパ | 2008年8月 1日 (金) 21時10分

野口雨情について、こんなに深く知りませんでした。そうだったんですか。カラスなぜなくのの「七つの子」など、可愛いなかに哀調を帯びているのは、彼の人生をうつしていたんですね。
また、せいパパの子育てに関する人生に対する潔さと、今時めずらしい気概に打たれます。せい君がまた、あのおいっこさんが、優しくたくましく生き抜く人間に、きっと育ちますよね。それを祈りますし、確信します。

投稿: ちょんまげ | 2008年8月 1日 (金) 22時27分

happy01ちょんまげ さんへ
私も野口雨情には
良いイメージしか無かったのですが
調べてみて決して良い人では無かったのが
わかって複雑な気持ちでした。

北茨城に今回行ってみて
人生を考えさせられました!
大きな収穫があり
子育てにも影響を与える事が
出来た場所でした。

投稿: せいパパ | 2008年8月 1日 (金) 23時23分

 野口雨情の情報は、私が聞いていたことが間違っていたようですね。ごめんなさい。造り酒屋だと聞いていたものですから^^;。

 野口雨情の話で、本居長世さんとのコンビの童謡が多いです。本居という名前で教科書を思い出した方はいらっしゃるかもしれませんが、この5代前が江戸時代の国学者の本居宣長です。

投稿: トーマス | 2008年8月18日 (月) 06時54分

happy01トーマスさんへ
そうだったのですか!
色々勉強になります。
野口雨情は茨城の宝ですね。

投稿: せいパパ | 2008年8月18日 (月) 12時40分

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