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東京大空襲

せいパパですhappy01

TVでもここ数日

東京大空襲の番組を放送しています。

私は戦争は嫌いです。

家族と幸せに暮らしたい

息子のせい君に戦場に出て欲しくないです!

今回はどうして

大日本帝国が戦争へと

向かっていったかを

分かりやすく説明している

動画を紹介します。

夏に更新しようかと思ったのですが

ブログ仲間の竹千代さんの

記事を読んでると前倒しで

記事を更新しました!

竹千代の日記2~茨城マイラブ

東京大空襲

昭和20年3月10日に

約10万人もの

民間人が犠牲になった

世界でも類をみない大空襲でした。

初めの動画は

日本が戦争に進んで行ったかを

分かりやすく解説しています

是非見てください。

大東亜戦争(太平洋戦争)

最後の文字が頭に焼きつきます。

最後の動画は

アメリカから見た

東京大空襲のドキュメントです。

今回は

せいパパの解説は無いです

皆さんが映像を見て

どう感じるかが答えだと思っています。

3個全ての動画は

合計30分ほど

ありますが

是非見て欲しいです。

戦争を知らない世代の私達ですが・・・。

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雑記・ニュース」カテゴリの記事

コメント

昨日、テレビでやっていた戦争関連の番組を
小6の娘はじっと真剣な表情で見ていました。
社会で戦争のことを学んだっていうこともあるんですけどね。

大人だって、もう戦争経験のない人が
ほとんどなんですものね。
どんなに平和になっても絶対伝え続けなければ
いけないって強く思いましたよ。

投稿: eritorie@Rainbow Sleeves | 2008年3月11日 (火) 21時02分

とにかく戦争は
絶対にダメですよ!
意味無く人が死んじゃいますからね!

投稿: ミナト | 2008年3月11日 (火) 21時06分

happy01 eritorie@Rainbow Sleevesさんへ
学校でも綺麗事ではなく
当時の日本が悪かったと
子供たちに胸を張って教育を
して欲しいです!
残酷さや残忍さを
いくら教えても人事ですからね
当事者になれば相手を
傷つけてしまいます。
戦争を起こさないような
教育をして行く必要があると思います。

投稿: せいパパ | 2008年3月11日 (火) 23時15分

happy01ミナトさんへ
本当に無意味です・・・。
上層部は現場でどれだけ悲しみがあっても
関係ないですからね!

投稿: せいパパ | 2008年3月11日 (火) 23時16分

息子は小6と中2のときそれぞれ長崎、広島の原爆記念館に行きました(修学旅行で)。
戦争の悲惨さや、戦争はしてはいけないことを理解してくれたと信じています。
原爆を2発も落とされたのは日本だけです。愚かな戦争がなくなるよう、事実は風化させてはいけないと思います。
(尚、携帯から動画は拝見できませんでしたので、せっかくの機会でしたが悪しからず。)

投稿: NAON | 2008年3月12日 (水) 10時58分

この辺は、長崎が近いのと、おととしの夏に「この子たちの夏」という戦争の体験者実話の、渡辺美佐子さんたちの朗読劇を聞きに行って、戦争の惨さを、再確認しました。
今年の夏も、また朗読劇が再演されます。
応援ポチ

投稿: ブルー・ブルー | 2008年3月12日 (水) 12時39分

happy01NAON さんへ
子供さん原爆記念館に行って
きっと悲惨さを学んだことでしょう。
日本だけが原爆の悲惨さ
平和のありかたを伝えられる
国です、私達が永遠に語り継いで
いく使命がありますね。
世界の先進国も核を使用したら
世界を敵に回すと分っているので
使っていません核があるから
平和を維持できていましたが
米ソの冷戦が終結したと同時に
混沌とした世界になってしまい
この先大日本帝国のような
国家が登場するか分かりません・・・。
そうならない事を願いたいです。

投稿: せいパパ | 2008年3月12日 (水) 15時57分

happy01ブルー・ブルーさんへ
子供たちに戦争の悲惨さや
悲しさを、これからも聞かせてあげる事は
大事な事ですね。
戦争に利権争いや恨み
国家の利益が絡んでくると
正しい事がねじれてしまいます
今いる人、これからの人
戦争をする前に私達は
アジア人だと認識して
被害を受けたのは日本人と言う
考えを捨てて純粋に
世界平和を訴え続けて
未来の平和の為に語り継いで
いく努力を私もしていきたいです。

投稿: せいパパ | 2008年3月12日 (水) 16時04分


私の母は、当時5歳で東京大空襲で着ていたコートに火がつき、隅田川の厩橋から背中を押されて川に飛び込み、助かりました。母は焼け焦げた死体をよけながら、逃げた記憶が鮮明に残っていると、話してはくれますが、多くを語ろうとはしません。それだけ幼心にショックだったんでしょう。疎開して、茨城に行きそこで父と知り合い、私が生まれたわけで、大空襲がなかったら、私は生を授からなかったのかなぁ~と思うと複雑な気持ちです。

投稿: お園 | 2008年3月12日 (水) 18時56分

happy01お園さんへ
あの日が人生の岐路になったのですね。
複雑な気持ちですが
お園さんが、お母さんから聞いた
僅かな話を娘さんに語る事が
平和への貢献につながって行くでしょう!
生の経験のエネルギーはパワーが
ありますから。

投稿: せいパパ | 2008年3月12日 (水) 21時52分

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