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おばあちゃんの思い出

せいパパです。

今回も思い出の音楽を紹介しますね!

せいパパの、おばあちゃんの思い出の中で

一番印象に残っているのは

下関時代に、おばあちゃんの家で

捕まえてきたセミを畳の上に

並べて遊んでいたら

ズカズカと、おばあちゃんが近ずいて来て

セミの上を歩いて行ったんですよ!

その通り道には

ピクピクしたセミ達が・・・。

踏んだ事も気が付かない程でした・・・。

下関のセミ達は

クマゼミが非常に多くて

ミンミンゼミは殆ど居なかったので

TVでセミの効果音が

ミンミン鳴いてるのが不思議で

仕方が無かったです。

ちなみにクマゼミは

シャーシャーて鳴いてウルサイです・・・。

2番目に印象に残っているのは

茨城に引っ越してきて

おばあちゃんが下関から遊びに来た時に

房総にドライブに行った時でした!

勝浦に行った帰りに

九十九里波乗り道路のパーキングで

休憩した時ですね!

海しか見えない何にも無いパーキングでした。

と言う事で懐かしいこの曲を

Mike 思い出の九十九里浜

そこで

徳永英明の

壊れかけのRadioですね!

この曲を聞くと、おばあちゃんを思い出します。

この曲を聴いた

当時60歳を超えた

おばあちゃんが、最近の曲は

「歌詞が物語の様になってるっちゃーねー」

「そうだね、聞いてたの?」

この翌年に、おばあちゃんは

天国にいってしまいました!

今は先に天国に行った

おじいちゃんと仲良く

暮らしている事でしょう!

徳永英明 壊れかけのRadio

おじいちゃん、おばあちゃん子だった

せいパパは幼少の頃の

おじいちゃんと遊んだ経験や

おばあちゃんの豪快な料理が

今の人格形成に大きく影響を与えてくれたと思っています。

自然が大好きなのも

おじいちゃんと、いつも山に入って

遊んでいたからですね

今でも、せい君と遊びながらも

心のどこかで、おじいちゃんを

探してるのかも知れません!

おじいちゃんが亡くなった時は(当時12歳でした)

現実を受け入れられなくて

いつまでも何で寝ているのだろう?

早く起きて欲しいな~と思っていて

死んだとわかっていたけど

起きだして遊んでくれるはずと

思って全然悲しく無かったです。

今でも、おじいちゃんは私の心の中に

生きています、決して死んでは無いですね!

結局おじいちゃんの思い出話に

なっちゃいましたね!

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せいパパ日記」カテゴリの記事

コメント

いや~いい話でした。
感動しましたよ!
自分もおばあちゃんっ子でしたから!
昔を思い出しました。
ありがとうございます。

投稿: ミナト | 2008年2月17日 (日) 12時48分

泣けます・・・・・・・・
私はまだおじいちゃんもおばあちゃんも
生きているけど、おじいちゃんは
難病にかかっていて、なんか筋肉が硬くなって
最後には動けなくなるらしいです。
私が結婚するまでは生きていて欲しいです!
とってもお世話になってますからね

投稿: 美波 | 2008年2月17日 (日) 19時24分

ミナトさんへ
共感してくれて
ありがとうございます。
今は核家族化で
お年寄りと触れ合う機会が
少なくなって来てるのでしょうかね?
せい君もあまりおじいちゃん、おばあちゃんに会ってないです。

投稿: せいパパ | 2008年2月17日 (日) 23時52分

美波さんへ
それは難病ですね。
いっぱい、おじいちゃんに会って
あげて下さいね!
美波さんの元気な姿を見て
生きるモチベーションが上がる事でしょう。

投稿: せいパパ | 2008年2月17日 (日) 23時56分

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